渡辺邸ご訪問インタビュー
  福島県・本宮市
『子供たちが集う蔵のある家』

今回の建築にあたって渡辺ご夫妻は、使い勝手を考えた全面改築とするか、オリジナルの外観を残した修復とするか、最後まで悩んだという。決め手となったのは、偶然訪れた東京の建築設計士の言葉だった。「これほど立派な蔵を持つ屋敷は今では大変貴重です。是非、壊さず後世に残して下さい」との一言によって渡辺ご夫妻の気持ちは固まった。 母屋の南面に張りを出した居間や水回り部分を取り壊し、同部分を増改築するほかは、基本的に蔵づくりの外観を残した修復を施すことに決まった。
 早速、工事を依頼する工務店選びが始まったが、そんな折、奥様の姉妹が古民家再生を手がけたのが三浦工匠店と知った。お姉様の家は宮城県名取市の築140年の古民家「高橋邸」で、オリジナルの部分を出来る限り大切にしながら現代の生活を便利で快適に過ごせるように工夫した仕事ぶりを高く評価し、「福島県内の工務店で我が家の修復を任せられるのはここしかない」と依頼することになった。
 工事は居間や台所、寝室などからなる南側の母屋と客間などを含む北側の客屋敷の2期に分けて行われ、母屋は昨年2月、客屋敷は昨年8月にそれぞれ完成した。今回の『訪問インタビュー』では主に客屋敷を中心に奥様の案内で拝見させて頂いた。
 「建物自体は、大正7年ごろに創建されたもので、築86年は経過しております。その間に二度も水害に遭って、地盤が不同沈下を起こしていました。そのあおりで、家全体が歪んで、あちらこちらに隙間が生じてしまいました」と奥様に改築前の様子を話していただきました。そこで、工事は新たにベースコンクリートを打設し、基礎を作り直すことから始まったと言います。基本的には、既存のものを極力残す方針で工事は進められ、残すことが困難だった廊下の床板以外は壁や柱、梁から天井板、鴨居、欄間、襖、ガラス戸に至るまで全てを修復・再生が行われた。経年による埃や煤によって屋内全体が黒ずんでいたが、それらの表面を水で磨いたり、必要に応じて削ったりすることで、見事なまでに復元した。
 天井は建物の創建時は4mほどあったがその後、手が加えられて、だいぶ低いものとなっていたが、今回の修復で創建時の高い天井を復元した。また、廊下のガラス戸は、現在ではもう見ることのできない鉛とガラスの比重の違いを利用して作られる「鉛ガラス」をそのまま生かして、微妙な凹凸を持つ鉛ガラスを通して見る庭の光景を楽しんだ粋人の心を残した。これらは、断熱性などを考えれば必ずしも合理的なものとはいえないが、「光熱費を補ってあまりある落ち着きや安らぎを残すことができたのがうれしいですね」と喜ぶ奥様には、改修に当たって、是非とも叶えたい長年の夢があった。

改修で長年の夢「子ども文庫」を実現
それは、近所の子供達が絵本を読んだり、借りたりするために集まることのできる場所を創ることでした。かつて営んでいた酒店の店先を子供達がいつでも自由に出入りできる「子供文庫」に改修したことです。広さは15坪ほどで、床を全面板張りとし、床板は子供たちが裸足で歩けるよう温もりと優しさを感じることのできる厚さ25mmの杉板材を使用した。傷がついても水ふきで元に戻るのも子供文庫には打って付けの材料だったようです。子供文庫の西面にはかつて酒蔵として利用されていた蔵の巨大な扉があり、明るい雰囲気の中に伝統と目新しさが共生する空間に仕上がっていました。また、酒屋経営時の金属製のシャッターは取り外し、代わりに木製の朱色の大きな格子戸を復元することで、町並みに重量感のある落ち着いた雰囲気を提供することにもなったようです。
工事を請け負った三浦工匠店と渡辺ご夫妻には、今回の工事以前から奇縁があったといいます。渡辺氏の本家も本宮町内に立派な蔵座敷を構えた邸宅だったが、数年前に取り壊すこととなり、その作業をたまたましたのが三浦工匠店だったといいます。三浦社長は、「当時から文化財としても貴重な蔵座敷を取り壊すこと自体、非常に惜しいなぁ~と感じていましたので、せめて金物だけでも残そうと、長年それらを保存してきましたが。今回、偶然にもその家にゆかりある方の家を修復することになり、それらの金物も蔵の扉の一部として使わせて戴くことになったのです」と懐かしく話す三浦社長とはまさに、「物を大切に思う気持ち」が繋いだ縁とも言えるでしょう。
 現在は、子供達はそれぞれ独立し、普段は渡辺御夫妻の2人暮らしということで、その広さに逆に寂しさを感じることもあるそうだが、今年の正月には子供達や友人が「蔵のある家」に大勢集まり、修復後初めて迎える正月を大いに満喫できたという。「三浦さんには、わがままを言わせて貰い、いろいろと骨を折っていただき、今こうして、家族が一同に集まって過ごせることに大変感謝しております」と喜びを語ってくれました。(05.1.26)

(取材協力:インターネットマガジン・建設メディア)



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